日本とパラオの国旗が似ている本当の理由はこれだった? 〜まさかの事実〜

こんにちは、stellaです。

世界には約200もの国があり、それぞれに国旗があります。

国旗には日本のようにシンプルなものから、手書きが不可能なくらい複雑なデザインまで、たくさんの種類があります。

今回ご紹介するパラオ共和国は、日本の国旗にとても似ています。なぜ似ているのか、その理由を解説していきます。

それでは、早速見ていきましょう!

パラオとは?

まず、パラオがどこにあるどんな国なのか簡単にご紹介します。

引用:Googleマップ

パラオはオセアニアに所属する小さな島国です。フィリピンの東、インドネシアの北に位置し、日本からは飛行機で約6時間です。

  • 国名:パラオ共和国
  • 首都:マルキョク
  • 人口:約21,700人(2017)
  • 言語:パラオ語
  • 民族:ミクロネシア系
  • 宗教:キリスト教
  • 独立:1994年

日本とパラオの国旗

まず、両国の国旗を比較してみましょう!
1つ目が日本、2つ目がパラオの国旗です。

日本の国旗
パラオの国旗

日本は白地に赤、パラオは青地に黄色の丸が描かれています。見た目はただの色違いに見えますね!

よく見てみると、パラオの国旗は丸の位置が少し左にずれているのがわかります。

では、なぜこんなにも似ているのでしょうか?

両国の国旗が似ている理由

国旗に込められた意味

パラオの国旗にはどのような意味があるのでしょうか?

青色→パラオを常に支えてきた海
黄色→満月、独立国家としてのパラオの出現

数百年前から、自然災害のときも戦争のときも常にパラオの人たちが海と共にあったこと。そして、月がその海から昇るように、長い統治時代を経て独立国家として新しくパラオが立ち上がったこと。

シンプルな国旗に、こんなにも深い意味が込められています。

似ている理由

日本とパラオの国旗が似ている理由には諸説あります。

  • パラオは親日国で、信頼する日本の国旗を真似て作られた。
  • 尊敬する日本の国旗と同じにならないように、丸の位置を左にずらした。
  • たまたまそうなった。

特に最初の2つの理由は、テレビで報道されるなど有名な話です。では、真相はどうなのでしょうか?

本当の理由

2010年、このデザインを考案した人に日本人がインタビューをしたそうです。その回答は以下の通りです。

パラオの海と満月をモチーフにデザインしたら、たまたま日本と似た国旗になった。

つまり、”たまたまそうなった。”これが真相なのでしょう。

しかし、パラオは親日国であることに間違いはありません。その理由を次にご紹介したいと思います。

パラオが親日と言われる理由

パラオは親日国と呼ばれることがよくあります。その理由は1919年まで遡ります。

委任統治時代

当時ドイツの植民地だったパラオは、第一次世界大戦後1919年に開かれた”パリ講和会議”によって、日本の委任統治下に置かれました。

委任統治は植民地支配とは違い、国連の決定事項に沿って、その国のインフラ整備などを支援するもの。

ドイツ植民地時代はインフラ整備がほとんど行われることはありませんでしたが、日本統治時代になると、学校、病院、道路、橋などの整備が積極的に行われるようになりました。さらに日本は、米を栽培する技術を教えてパラオの人々の栄養状態の向上、缶詰工場を建立し雇用を生み出すなどパラオの発展に貢献してきました。

太平洋戦争

その後日本とアメリカで大平洋戦争が勃発。日本委任統治パラオは、激戦区となりました。

日本は自国の国益のためにパラオで戦いました。しかし、パラオ ペリリュー島の戦いだけは違いました。

ペリリュー島の戦いでは、民間人の死者を1人も出していません。それは、「ペリリュー島民を戦火に巻き込んではいけない。」という指示のもとで戦ったからです。

大平洋戦争が開戦し、日本はペリリュー島に日本軍の拠点を作りました。それには現地の若者も参加し、日本兵と仲良くなっていました。

やがてアメリカが上陸する恐れが出てくると、ペリリュー島民は話し合い「一緒に戦いたい」と日本軍に申し出てきました。

それに対し、ペリリュー島日本軍の隊長をしていた中川大佐は「帝国軍人が貴様らと一緒に戦えるか」と激怒。

そのとき島民は裏切られた気持ちで涙を流したと言います。そして日本軍は彼らを1人残らず船で島から追い出したのです。しかしそれは、犠牲者を出さないための手段、出航する船を隊長自身が見送りました。

太平洋戦争後

太平洋戦争で日本が敗北すると、パラオはアメリカの統治下に置かれました。

アメリカはパラオ人に対し反日教育を行います。歴史の授業では、”日本人による虐殺があった”など捏造された歴史が教えられました。

しかし、日本委任統治時代に救われたパラオ人たちはその事実を否定したため、間違った歴史は定着しませんでした。

このように長い歴史の中で、日本とパラオは信頼関係を築き、現在も親日国と呼ばれているのです。

実際、パラオが親日国と呼ばれる根拠が他にもあります。

例えば、日本語がそのままパラオ語になった言葉があります。

  • 美味しい→味大丈夫
  • 扇風機→せんぷうき など。

さらに、日本軍のゼロ戦がパラオの切手に描かれたこともあるそうです。

まとめ

日本とパラオの国旗が似ている本当の理由は、たまたまそうなってしまったから。しかし、両国の外交関係は数十年も前から友好。

たった1つのシンプルな国旗にも、人々の込められた思い、感動するストーリーがあり、それ無しでは語ることができません。

国旗はとても深いものなのです。

ありがとうございました。

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